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東京高等裁判所 平成3年(う)1039号 判決 1991年12月26日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件判決の趣意は、弁護人白谷大吉、同徳岡宏一郎が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一  事実誤認の主張について

所論は、要するに、本件においては処分行為と因果関係のある欺罔行為はなく、また、被告人には代金の決済の意思も能力もあり、更に、被告人が本件クレジットカードを使用することにつきカード名義人の黙示の承諾があったから、右いずれの点からみても被告人について詐欺罪は成立しないのに、原判示の各詐欺の事実を認めて被告人を有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人がKA名義のクレジットカードを使用して、商品購入名下に洗濯機を騙取しようと企て、原判示の各日時に、原判示のサンペイグッドカメラ店において、同店店員TMに対して、右カードを提示して、自己が同カードを使用する正当な権限を有する者であり、かつ代金支払いの意思及び能力がないのに同カードによる所定の方法で確実に代金の支払いをするように装って、原判示の各洗濯機の購入方を申し込み、同人をしてその旨誤信させ、原判示の各日時に運送業者を介して原判示の各場所へこれを送付させてそれぞれ騙取した事実を認めることができ、原判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとは認められない(後記のとおり、原判決の、本件各詐欺罪の構成要件事実である欺罔行為の解釈には誤りがあるが、右は判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない。)以下若干補足する。

一  所論は、まず、原判示のサンペイグッドカメラ店側は、クレジットカード(以下、単に「カード」ともいう。)による商品の販売については、利用者の所持するカードが有効であればカード会社から支払いを受けられるので、商品販売にあたってはカードの有効性だけを問題にしており、カード利用者の代金決済の意思、カード利用者とカード名義人との同一性やカードを提示した者のカード利用権限等には全く関心を示さず、提示されたカードが有効でさえあれば取り引きをしている。したがって、仮に原判示第一、第二の際、被欺罔者とされるサンペイグッドカメラ店の店員TMが、被告人に代金決済の意思がないのにこれあるものと誤信して洗濯機を販売したとしても、同人はもともとカード利用者に代金支払いの意思があるかどうかにかかわりなく販売に応じているのであるから、同人の右錯誤は処分行為と因果関係はないと主張する。

そこで以下、右の点について検討する。

1  関係証拠によれば、

(1) 本件において、被告人が利用したクレジットカードは、カード会社である株式会社富士銀クレジット発行にかかるUCマスターカードであること、右カードは同会社に入会を申し込み同会社による所定の審査を経てカード会員となった者に貸与されるもので、カード会員は、同会社の義務を代行するユニオンクレジット株式会社が後記ユニオンクレジット加盟店規約により提携管理する加盟店においてカードを提示して信用販売による物品の購入、サービスの提供を受けられること、富士カード会員規約(株式会社富士銀クレジットと会員間の規約)により右カードは、カードの所定の署名欄に自署した会員本人のみが利用することができ、カードを利用する際には、売上票にカードの署名と同じ署名をすることが要求されていること、

(2) ユニオンクレジット加盟店規約(株式会社富士銀クレジットと加盟店間の規約)により各加盟店は、カードの提示による信用販売の申込みを受けたときには、カードの真偽、有効期限、紛失、盗難などの通知の有無等を確認するとともに、カードの署名とカード提示者が売上票にした署名の同一性を確認したうえで取り引きをすべきものとされ、カード提示者が明らかにカード記載の本人以外と思われる場合や明らかに不審と思われる場合にはカード会社へ連絡し、その指示に従うこととされていること、

(3) サンペイグッドカメラ店は右ユニオンクレジット加盟店規約による加盟店であること、

(4) 原判示第一、第二の際、同店店員である前記Tは、キャット(信用調査用加盟店端末機)に被告人から提示されたカードを差し込み、キャットを通じて打ち出されたカード会社からの回答により被告人の提示したカードが自己カードでないかどうか確認してカード会社から販売の承認を受け、規約上定められたとおりカードの署名と、被告人が売上票にした署名とを対比確認して原判示第一、同第二の各洗濯機を販売したこと、

以上の事実が認められる。

2 ところで、クレジットカード制度は、カード名義人(カード会員)に対する個別的な信用を基礎に一定限度内の信用を供与することが根幹となっており、しかもなんらの担保的措置も講ずることなくこれを行っているのであるから、一定額内の商品の購入という通常的な取り引きに関しその本人に対してのみ信用を与えていると解され、このことは、本件における会員規約で、名義人以外の者のカードの使用が禁止され、また加盟店規約では、加盟店がカード名義人以外の者に販売してはならないことを前提として、名義人と売上票の署名とが同一であることを確認する義務を負わされていることからも窺い得るところである。またクレジットカードによる取り引きにおいては、加盟店において特にカード利用者の支払いの意思や能力について調査、確認することまではしていないのが一般であるけれども、それはその者が、カード会社による所要の審査手続を経てカード会員となった以上、支払いの意思、能力を有することが当然の前提とされているうえ、加盟店が、店頭でその都度カード利用者の支払いの意思、能力を調査、確認をすることは不可能もしくは著しく困難であるから、通常、加盟店規約上も加盟店に対して右の点について調査、確認することまでは要求されていないというに過ぎず、制度上加盟店は代金が決済されなくても規約違反等がなければカード会社から支払いを受けられる仕組になっているとはいえ、カード会員に対する信用供与を基本に成り立っているクレジットカードシステムの趣旨から考えても、右制度を支える当事者の一員である加盟店においては、カード利用者が加盟店規約に対し代金を決済する意思及び能力のあることを当然の前提として取り引きに応じているというべきであり、サンペイグッドカメラ店においてもこれと異なる理解の下にクレジットカードによる取り引きをしているとは到底解されない。

そして、前記のとおり、本件洗濯機の各販売の際、サンペイグッドカメラ店店員の前記Tにおいて、被告人とカード名義人の同一性を規約に定められた方法により確認していることが認められ、かつ同人が、被告人において支払いの意思及び能力を有することを期待して右取り引きにあたったことも同人の原審証言の趣旨から十分これを窺うことができ、同人において、カードの有効性以外の事項についてなんら関心がなかったとは到底認められない。

3  なお、所論は被告人は男性であるところ、被告人の提示したカードには女性名であるKAの氏名が記載されており、売上票にも同女の氏名が打ち出されているのに、前記Tが被告人に商品を販売しているのであるから、同人においてカード名義人と被告人の同一性について関心を抱かなかったことが明らかであると主張する。

なるほど、関係証拠によれば、被告人の提示したカード表面の下部にローマ字で「AK」と打刻してあり、売上票の「ご案内NOTICE」とある欄にはキャットを通して得られたカード会社の回答がかた仮名の小さい文字で「HブンカツOKデス KAサマ キンガクトサインヲオタシカメクダサイUCカード」と打ち出されていることが認められるけれども、前記のとおり加盟店規約上カードの署名と売上票の署名を確認することが要求されており、前記Tは、これに従ってカード裏面に漢字でなされている「K」という署名と被告人が売上票に漢字でした「K」という署名を対比してカード名義人と被告人の同一性を確認しているのであって、同人において右署名の確認をもって一応安心し、必ずしも視覚的に一見して明らかとはいえない前記カードに打刻されたローマ字や売上票のかた仮名による氏名の記載についてまで注意が行き届かず、これを看過したとしても、格別不自然とはいえず、これをもって、同人がカード名義人と被告人の同一性に関心がなかったということはできない。

そのことは、同人が「カードをあちこち見たら失礼になるし、パッと見て分りやすいから裏側の署名だけを見る。売上票についてもサインと金額に間違いないか、見るくらいである。」「被告人がこのカードの名義人であると思ったから販売した、他人のカードであったら、自分は売らない。」旨供述している(同人の原審証言)ことに照らしても、これを認めるに十分である。

したがって、前記所論は採用することができない。

ちなみに、例外的にカード名義人以外の者のカード利用が黙認されることがあるとしても、それはカード名義人においてカード使用者に対してカード利用の承諾を与え、その代金決済を自己がカードを利用する場合と同様に名義人自らの責任においてすることを了解しており、かつそのことが客観的にも強く推認される配偶者間などの場合に限られると解されるところ、後記のとおり、被告人は本件当時、すでにKAとの同棲を解消することを意図していたと推認され、右当時被告人が、同女と前記の意味における配偶者同様の関係にあったとは認められず、更に後述する被告人の本件カード利用状況、購入した商品の使途などを考えると、KAにおいてその事情を知っていたならば、被告人の本件カード使用を容認するはずのないことも明らかである。

4 なお、原判決は、クレジットカードの不正使用による詐欺について、所定のクレジットカードシステムに従った代金決済の意思がないのに、あるかのごとく装ってカードを提示し、商品の購入を申し込む行為が詐欺罪における欺罔行為であるとともに、加盟店側の被欺罔者がカード所持人には代金決済の意思があるものと誤信して商品を交付する行為が錯誤であり処分行為(交付行為)であるとし、カード名義人であるかの如く装ったことや、代金決済能力を偽ったことは代金決済意思の有無という要証事実を検討するための重要な間接事実にすぎず、この構造は代金支払いの意思がないのに有るかの如く装って酒食の注文を行ういわゆる無銭飲食の場合と何ら異なるものではないと説示し、罪となるべき事実(原判決はこれを「有罪と認めた事実」という標題で判示している。)において公訴事実中に欺罔行為の一態様として記載されている、被告人がカードを使用することができる正当な権限を有する者であるかのように装った点、支払いの能力がないのにこれをあるように装った点については、ことさら欺罔行為としてはこれを判示していない。

しかし、クレジットカード制度は、前述したようにカード名義人(カード会員)本人に対する個別的な信用を供与することが根幹となっているのであるから、カード使用者がカードを利用する正当な権限を有するカード名義人本人であるかどうかがクレジットカード制度の極めて重要な要素であることは明らかで、カード名義人を偽り自己がカード使用の正当な権限を有するかのように装う行為はまさに欺罔行為そのものというべきであり、この点このような正当な権限ということが問題とならないいわゆる無銭飲食の場合とは明らかに異なるものである。

また、支払いの能力を欠いた場合には、そのこと自体から支払いの意思は存在しないのであるから両者を独立して論ずる実益はないが、支払いの能力がある場合でも支払いの意思がないときがあるのであるから、両者は欺罔行為として別個に考え得るものであって、支払いの能力及び支払いの意思ともに欠けるとして起訴されている本件のような場合、原判決のように、支払いの意思のみを欺罔行為の要素と考え、支払いの能力は支払いの意思の存在を推認する間接事実に過ぎないと解しなければならない必然性はなく、支払いの能力がないのにこれあるように装う行為も詐欺罪の構成要件事実である欺罔行為そのものであるといわなければならない。

したがって、原判決は、クレジットカードの不正使用に関する詐欺罪における欺罔行為の解釈について誤りを冒すものであるが、原判決は、少なくとも公訴事実に記載された欺罔行為の一つである、被告人が代金決済の意思を偽った点はこれを認めて被告人について詐欺罪の成立を肯認しており、かつこの点をいかに解するかが本件の量刑上重要な意味を持つとも解されないから、原判決の右誤りは本件の結論を左右するものではなく、判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない。

二  所論は、次に、被告人には、支払いの意思及び能力があり、本件クレジットカードの使用につきカード名義人KAの黙示の承諾もあったと主張する。

そこで以下、検討する。

1  関係証拠によれば、(1)被告人は平成二年六月一一日以降同月二七日までわずか一七日間のうちに、にわかに本件カードを集中的に使用して、原判示第一、同第二の各洗濯機の購入を含め前後一六回にわたり合計四〇万四六一八円にのぼる物品の購入、飲食、ホテルでの宿泊などを重ね、同月二八日同女のキャッシュカードにより現金三〇万円を引き出したことが発覚し同女から追及された後、翌七月の初め前後ころに忽然としてK方を飛び出し、同女の前から姿をくらまし、その後一切同女とは会っていない事、(2)原判示第一の洗濯機は行きつけのパブのホステスに買い与えたものであり(なお、被告人は原審公判において同第二の洗濯機についても右ホステスとは別のホステスに送ってやろうとしたら同女が引越して住所が分からず戻ってきたので被告人方に置くこととした旨供述している。)、他にも前記期間中に本件カードにより購入した婦人用時計などをホステスに買い与えるなどしていることも認められる。

2  そして、被告人は、捜査段階においては、これらの点について、大要以下のように供述していることが認められる。すなわち、

平成元年五月末ころそれまで付き合っていたKAと同女方で同棲するようになった。その後自分が勤めをやめてからは、アルバイト的にたまに不動産屋の手伝いなどをすることはあっても、定職にもつかず、ほとんどブラブラしており、勤めていたときにした預金も使い果たし遊ぶ金や小遣いにも不足し、金に困っていた。Kが、被告人において同女のクレジットカードを無断で持ち出し、勝手にそれを使用することを、許してくれないことは間違いない。やがてKAとの関係を絶とうと思うようになり、平成二年六月一一日から二七日までの間に、本件カードをひそかに持ち出して物品の購入、飲食、ホテルでの宿泊などに使用し、使用後同女の財布に戻すなどしていたが、同月二八日Kのキャッシュカードを持ち出し三〇万円を引き出したことが同女に発覚し、問い詰められたことから、いずれクレジットカードの無断使用も発覚する、今が同女方を出るチャンスだと考え、キャッシュカードの無断使用が発覚した後間もなく同女方を出た。自分がキャッシュカードを無断で使用したのは、同女と別れる際の行き掛けの駄賃だといわれれば、そんなところである。自分がいずれ、同女にカードの無断使用がばれるときが来るのに、何故カードを使ったかというと、同女にばれる前に同女と別れてその後は同女と一切会わないことにすればよいと思っていたからである。同女方を出た後、ポケットベルで同女からの信号を受けたり、人づてに同女が被告人に会いたがっていることを聞いたりして、同女が自分の行方を探していることは知っていたが、同女と会うことは避けていた。

被告人の捜査段階における供述は右のようなものである。

3  ところで、所論は、右被告人の捜査段階における関係各供述調書について、司法警察員作成の各供述調書は、取調べにあたった捜査官が、「起訴にならないから大丈夫だ。検事パイだ。安心しろ。」などと言って被告人の自白を得たものであり、右自白は偽計ないし利益誘導によりなされたものであるから任意性も信用性もなく、また、被告人の警察官に対する各供述調書は右司法警察員に対する供述調書を基にして、被告人の言い分を全く無視し、検察官の予断に基づいて作成されたものであるから、これまた任意性も信用性もない、などと主張する。

しかし、被告人を取調べた司法警察員村山啓の原審証言に徴しても同人が被告人に対し、所論のようなことを言った形跡は全く窺えず、その他被告人の捜査官に対する各供述調書につき任意性を疑うべき事由は見当らない。また右各供述調書の内容は、関係証拠により認められる客観的な諸状況に符合するとともに、すでに見た本件一連の事態の推移に照らしても自然で合理的であり、その信用性も十分に認めることができるから前記所論は失当であり排斥を免れない。

4  これに対し、被告人は原審公判において所論に沿うように供述して本件を争うのであるが、その供述内容を検討すると、種々変遷があるばかりでなく、単なる弁解、その場限りの言訳ないしこじつけと評されてもいたし方のないようなものが多く含まれていることが認められる。例えば、被告人は、原審第七回公判において、自分には支払い能力があるとして、浦和市針ヶ谷<番地略>に自分の土地、建物があり、貸家にして人に貸している、また、一〇〇〇万円で買った株券を持っている、その他、満期が近い一〇〇万円の三年ものの銀行定期預金がある。しかし、自分が逮捕されたとき株券や預金証書の入った箱を息子が捨ててしまったなどと供述するところ、後に提出された登記簿謄本によれば、かつて被告人名義の土地、建物はあったが、それらは昭和四九年八月に被告人の父YKらに所有権が移転され、更にその後別人に所有権移転登記されていることが明らかであり、また被告人は前記公判において株券や銀行預金の裏付け資料の提出を求められながら、第八回公判においては、株券は第三者が質入れしていた。質入れした書類のコピーは見たが、それを貰ってこなかった、また、銀行に行ったが駅を間違えて預金の証明資料を取ってこれなかった、などと不自然かつ不合理な弁解をしており、その他の被告人の公判供述にはこの類のものが多く、被告人の捜査段階における前記供述と対比して極めて不自然、不合理であり到底信用することができない。

5  所論は、カード名義人であるKAは、原審公判において被告人のカード使用が分かったとしても、これを許容した旨の証言をしており、これを否定する同女の捜査段階における供述は、同女において、被告人が他の女性のもとに走り、自分を見捨てたのだと思い、興奮、動揺してなされたものであるから、信用することができず、同女の右原審証言によれば、本件カード使用について同女の黙示の承諾があったというべきであると主張する。

そこで、考えると、KAは、原審判決においては、同棲期間中には、被告人がカードを使用してもよいという気持ちがあった旨の供述をしているけれども、同女の公判供述は全体として甚だあいまいなもので、被告人に対しカード使用を許容したことはない旨証言し、その間の事情を具体的に述べている捜査段階における供述に比べ、直ちに信用できない。

のみならず、同女の公判供述も、もとより、被告人が同女との同棲生活を継続することを当然の前提としたものであるところ、被告人は当時すでに同女との同棲生活を解消することを意図していたこと、しかも前記のように被告人は購入した物品をなじみのホステスに与えるなどしているのであって、このような使途を目的とする商品購入を同女において許容するはずのないことなどを考えると、同女の公判供述を前提としても、被告人の本件カードの使用が、同女の黙示の承諾の下になされたものとは到底いえない。

なお、所論は、右に言及した点に関連して、被告人は、本件当時KAとの同棲生活の解消を考えていたものではなく、原判決が、平成二年七月二〇日被告人と中国籍のEHとの婚姻届が提出され、受理されていることをもって、被告人が以前から右Eと交際しており、本件カードの使用はほどなくKのもとを立ち去る意図のもとになされたもののようにいうのは不当であり、右Eとの婚姻は形式上のものに過ぎないと主張する。

しかし、東京都北区長作成の身上調査照会回答書によれば、被告人はKAのもとを出た直ぐ後の平成二年七月二〇日中国籍のEHとの婚姻届を提出し受理されている(同年一一月五日協議離婚届出)こと、同年八月四日名古屋市中区に住民登録をしていることなどが明らかであるところ、被告人も、原審公判において、Eと知り合い交際していたが、同女と定住するつもりで名古屋へ行き、一週間位一緒に住んだが、息子を名古屋へ呼び寄せることについて同女と喧嘩したことなどから同女と別れた旨述べ、同女との婚姻が仮装ないし形式上のものであることを否定する具体的な供述をしているのであって、前認定の諸事実と相俟って、本件各犯行当時、被告人が右Eとの婚姻を考え、Kとの同棲は解消する意図であったものと推認でき、前記所論は、採用の限りではない。

6  所論は、更に、(1)被告人はK方を出るとき同女宛てに置き手紙をして、支払いをするから待ってほしい旨書き残している、(2)被告人は、後々の支払いのことを考え本件各洗濯機を分割払いで購入している、右のような事情を考えれば被告人に支払いの意思があったことは明らかである、と主張する。

しかし、被告人が所論のいう置き手紙をしたこと自体原判決が「争点に対する判断」の項において説示するとおり、疑問の余地があるけれども、仮にそうであるとしても、被告人がKAのもとを忽然として飛び出し、その後同女が被告人を探していることを知りながら、一切同女と連絡をとろうともしていないことなど前認定の諸事実を考えれば、被告人が右置手紙を残したとしても、それが被告人の支払い意思を推認させるものではなく、また、前記のとおり、本件当時短期間のうちに連続的に合計四〇万円を越える物品の購入等をしている被告人が、たまたま本件各洗濯機を分割払いで購入していることをもって、それが被告人の支払い意思を推認させるに足りる事情となるとは到底解されない。

7  なお、その他の所論を逐一、十分検討してみても、いずれも理由があるとは認められず、これを採用するに由ないものである。

三  以上のとおり、本件各詐欺の事実は優にこれを肯認することができるから、原判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとはいえない。論旨は理由がない。

第二  量刑不当の主張について<省略>

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林充 裁判官宮嶋英世 裁判官中野保昭)

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